太田雄貴(フェンシング)は彼女と結婚前提?モデルとは破局?

フェンシングの日本代表、太田雄貴さん。

2008年の北京オリンピックで、日本人のフェンシング選手として初めて、銀メダルを獲得しました。

ヨーロッパではメジャーな競技のひとつですが、日本ではそれまで認知度が低かったフェンシングを世に知らしめた太田雄貴さん。

その端正な顔立ちも相まって、一躍有名になられました。

今回は、そんな太田雄貴さんのプロフィールと、気になるプライベートについて調べてみました!

  • 太田雄貴さんのプロフィール
  • 太田雄貴さんの彼女は?モデルとは破局?
  • 太田雄貴さんは彼女と結婚前提?

 

 


太田雄貴さんのプロフィール

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本名 太田雄貴(おおた ゆうき)
生年月日 1985年11月25日([birth day=”19851125"]歳)
出身地 滋賀県大津市
身長 171cm
体重 67kg
血液型 O型
出身校 平安中学校・平安高校・同志社大学商学部
利き手 右利き
所属 森永製菓 健康事業本部ウイダー事業部
種目 フルーレ

フェンシングという競技は、使う剣の形によって、「フルーレ」「エペ」「サーブル」の3つの種目に分かれていて、大田さんは「フルーレ」の選手です。

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・フルーレ

「フルーレ」というのはイアリア語(Fleuret)で、17世紀に剣の練習用に作られた、剣先に保護(タンポ)のついて剣のことです。

タンポは、このような保護布です。

断面が四角で、ブレード(剣針)がしなやかで軽い剣で、初心者や女性・子どもでも扱いやすい剣で、「フルーレ」「エペ」「サーブル」の中で唯一、実践には使用されることのない剣です。

相手に対して剣を突き、当てることを目的としています。

競技では電気剣が使用されていて、最低5.00N(おおよそ500g)以上の力(相手に当たった圧力)が剣先に加わることでポイントとなります。

「フルーレ」の攻撃で有効とされている「有効面」は、頭部と手足を除いた胴体の両面部分で、これはかつて使用されていたフェンシングの防具の形に由来しています。

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・エペ

「エペ」というのはフランス語(L’épée)で「厚みのある」という意味で、フルーレの剣に比べて重く、断面が三角形で曲がりにくく、長いブレードと大きくて丸いお椀型の鍔(ガルト)が特長です。

「フルーレ」同様、剣を相手に突くことでポイントとなりますが、有効とされる範囲が異なります。

「エペ」の有効面は、全身と剣の内側の非絶縁部分です。

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手も有効とされるため、鍔(ガルト)で防御できるようになっています。
 
 
・サーブル

「サーブル」はフランス語(Sabre)で、「エペ」よりもより幅広い剣です。

「フルーレ」と「エペ」が相手を突く攻撃だけなのに対し、「サーブル」では切るという動作も攻撃として認められます

有効面は腰より上の上半身全てです。

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太田雄貴さんのフルーレの試合の様子です。

 
 

太田雄貴さんの主な経歴

小学3年生からフェンシングを始めた太田雄貴さん。

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きっかけは、高校時代にフェンシングの経験があったお父さんからの勧めだそうです。
 
 
映画「怪傑ゾロ」に憧れて、高校時代にフェンシングを始めたお父さん。

太田雄貴さんのお兄さん・お姉さんにもフェンシングを勧めたのでsがなかなか興味を持ってもらえず、太田雄貴さんには「スーパーファミコン(とゲームボーイソフトも1本)を買ってあげる」という裏技で勧誘し、見事成功したそうです。
 
 
お父さんが大田さんに課したのは、とにかく毎日続ける練習でした。

自宅の1階の居間を練習場に、壁に向かって黙々と剣を握って基本動作を行う練習を、とにかく毎日欠かさず続けたそうです。

犬に手を噛まれても、サッカーで手首を負傷しても、40度の熱が出たときでさえ短時間でも剣を握らせたのだとか。

もちろん家族旅行にも剣を持って行ってホテルの部屋で振ったそうです。

練習が連続500日目とか1000日目の節目には、「よく頑張った」とケーキを買ってきてお祝いをしていたという太田家。

その「継続は力なり」という言葉が、太田雄貴さんのの血となり肉になって、試合結果にも結びついていきました。

小学校・中学校と共に全国大会を連覇した太田雄貴さんの主な経歴を下にまとめました。
 
 

2001年~2003年:全国高等学校総合体育大会(インターハイ)3連覇

2002年:全日本選手権優勝

2004年:アテネオリンピック9位・ワールドカップ(テヘラン)優勝

2005年:ユニバーシアード競技大会(トルコ)団体優勝

2006年:第15回アジア競技大会(ドーハ)優勝

2007年:全日本選手権優勝・ワールドカップ(カイロ)団体優勝・ワールドカップ(パリ)団体3位/個人2位

2008年:北京オリンピック フルーレ個人銀メダル・第63回国民体育大会フェンシング競技団体優勝

2009年:ワールドカップ(ハバナ)優勝

2014年:アジア競技大会(仁川)団体優勝

2015年:アジア選手権(シンガポール)優勝

2016年:フェンシング世界選手権(モスクワ)フルーレ個人優勝

こうしてみると、小学校でフェンシングを始めてから20年、ずっとトップを走り続けているイメージですね。
 

 


太田雄貴さんの彼女は?モデルとは破局?

フェンシングで輝かしい成績を収め続けている太田雄貴さん。

端正な顔立ちと、まるで中世の騎士のような試合姿が本当に素敵でかっこいいですよね。

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そんな太田雄貴さんに2016年5月、熱愛報道がありました。

お相手は、TBSアナウンサーの笹川友里さんです。
 
 

笹川友里さんのプロフィール

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本名 笹川友里(ささがわ ゆり)
生年月日 1990年9月5日([b[birth day=”19900905"])
出身地 神奈川県
身長 168cm
血液型 O型
出身校 日本女子大学附属中学校・高等学校・日本女子大学家政学部
部活動 チアリーディング部(高校)・ゴルフ部
勤務局 TBSテレビ
部署 編成局アナウンス部
主な担当番組 王様のブランチ・はやドキ!・ひるおび!・ご対面バラエティー 7時にあいましょう

 
 
日本女子大学家政学部を2013年に卒業した笹川友里さんは、アナウンサーを目指してTBSテレビのアナウンサー採用試験を受験しましたが、不合格となってしまいました。

その後、一般職の採用試験に応募して合格、TBSテレビに入社し、情報制作局情報二部に配属されて「王様のブランチ」などの番組で裏方のアシスタントディレクター(AD)として働いていました。
 
 
1歳先輩でTBSアナウンサーの林みなほさんが自身のブログで「美人AD」として紹介したことから、「美人過ぎるAD」として話題となりました。
 
 
実は、笹川友里さんと林みなほさんは、中学・高校・大学とずっと同じという間柄で、しかも高校時代のアルバイト先や、大学時代のサークルまで一緒だったんだそうです。

林さんのほうが1歳年上ですが、とても仲の良い間柄なんですね。

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「美人過ぎるAD」として有名になり、「ADにしておくのはもったいない」と評判になった笹川さん。
 
 
2014年4月には念願の編成局アナウンス部に異動

ADからアナウンサーへの転身はキー局としては異例の大抜擢なんだとか。

綺麗なだけでなく、周りを力も味方につける人柄と、強運の持ち主なんですね。
 
 

太田雄貴さんと笹川友里さんの出会いは?

太田雄貴さんと笹川友里さんが、どこでどんな風に出会ったのか、調べてみたのですが分かりませんでした

スポーツ選手とアナウンサーの交際というのはわりと良くあることなので、共通の知り合いを通じて知り合われたのかもしれないですね。
 
 
報道によると、おふたりの交際は2015年の夏頃から。

交際報道後に出演した「王様のブランチ」で交際について他の出演者から突っ込まれた笹川さんは、太田さんとの交際を認めてこのようにコメントしました。

「毎日笑顔で過ごさせて頂いております」

「温かくても冷たくてもいいので、見守って頂けたらと思います」

 
 

モデルの彼女とは破局?

太田雄貴さんと笹川友里さんの交際報道が出た際に、「あれ?太田さんて誰か他の人と噂になっていたよね?」と思った方もいらっしゃると思います。

実は太田雄貴さんは、以前モデルの檀原彩(だんばら あや)さんとの交際が公になっていました。
 
 
檀原彩さん

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檀原彩さんは1982年5月13日生まれの[bir[birth day=”19820513"]、太田雄貴さんより3歳年上。

170cmのスレンダー美人さんです。
 
 
おふたりは2009年に共通の知り合いを通して知り合い、2011年には同棲、2012年のロンドンオリンピック後に結婚かと言われていました。

しかし、檀原彩さんに夢中になりすぎて練習に身が入らなくなってしまった太田雄貴さんの提案で、ロンドンオリンピック前に同棲を解消

ロンドンオリンピック後も現役続行を決めた太田さんが、競技に集中したいからという理由で別れを切り出したと言われています。
 
 
結婚間近とまで言われた相手に別れを切り出されてしまった檀原彩さんですが、2015年11月に一般の男性「やすさん」と結婚されました。

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幸せになられたようで、本当に良かったです。
 
 


太田雄貴さんは彼女と結婚前提?

「僕が出場する最後の五輪」と、2016年のリオオリンピックで現役を引退することを表明していらっしゃる太田雄貴さん。

2012年にフェンシングの普及のため「SUPER FENCING」を立ち上げ、全国でフェンシングのパフォーマンスを行ったり、トークショーの開催をされています。

また、小学生のフェンシング選手育成のために自ら「太田雄貴杯」を開催するなど、今後やりたいことがしっかりと視野にある太田さん。
 
 
熱愛を報じられた笹川友里さんとも、結婚を前提のお付き合いだと言われています。
 
 
2012年のロンドンオリンピックの時にもオリンピックが終わったら当時の彼女檀原彩さんと結婚する気持ちだったという太田さんですが、競技に集中するために別れを決断されています。

今回のリオオリンピックで引退をするとなると、もう現役の時ほど競技に集中する必要もなくなることから、結婚へ向けて具体的に進むことができますよね。

「スポニチ」によると、お相手の笹川友里さんも、TBSの上司に太田雄貴さんとのお付き合いは報告済みだということで、おふたりが真剣に結婚を前提としたお付き合いをされているのは間違い無いと思います。
 
 
自らの目標として、「足りないのは金メダルだけ」と語っていらっしゃる太田さん。

今はとにかくオリンピックへ向けての調整で恋愛どころではないかもしれませんが、有終の美を金メダルで締めくくり、彼女さんとゆっくり休める日がくるといいですね。
 
 


以上、

  • 太田雄貴さんのプロフィール
  • 太田雄貴さんの彼女は?モデルとは破局?
  • 太田雄貴さんは彼女と結婚前提?

の内容でお送りしました。

太田雄貴さんのリオオリンピックでの活躍と、美男美女カップルの今後に注目です!

リオオリンピックの注目選手や日程のまとめ記事がありますのでぜひチェックしてみてください!
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
 

 

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