茂住修身(もずみおさみ=令和の書道家)の経歴や選ばれた理由|年齢や出身地から現在の顔画像まで

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平成に代わる新元号・令和が大いに話題になっていますね。

さて、元号そのものもさることながら、菅義偉官房長官が掲げた額に入った令和の文字を書いた書道家も気になりませんか?

こちらは茂住修身(もずみ おさみ)さんという方ですが、どんなプロフィール、経歴の持ち主なのでしょう。

年齢、出身地などが気になりますよね。

また、茂住修身さんが令和の書道家に選ばれた理由とは、いったい、何だったのでしょうか?

茂住修身さんの現在の顔画像、令和の字の画像についても見てまいりましょう。

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1.茂住修身のプロフィールと経歴

名前:茂住修身(もずみおさみ)
別名:茂住菁邨
生年月日:1956年
年齢:63歳(2019年)
出身地:岐阜県飛騨市古川町
所属:謙慎書道会

1989年から31年間続いた平成が4月30日に、天皇陛下の退位に伴って終了することによって、翌5月1日から、元号が令和と改元されることになりました。

巷では新元号を「安久」などと予想する声が多かったものの、まったく予想されていなかった令和に決まって、おどろいた人も少なくなかったことでしょう。

さて、平成のときもそうでしたが、元号といえば官房長官、官房長官といえば額、額といえば書道ですよね?

菅義偉官房長官が掲げた額に令和と揮毫(きごう)した書道家は誰かといいますと、茂住修身さんという人でした。

しかし、茂住修身さんといわれても、ほとんどの人はピンと来ないでしょう。

そこで、茂住修身さんとはどんな人なのか、これからそのプロフィール、経歴を確認していきます。

茂住修身さんは、1956年生まれ。

年齢は2019年で63歳ということになります。

出身地は岐阜県飛騨市とのこと。

さて、書道家とのことですが、茂住修身さんは、ただの書道家ではありませんでした。

なんと、国家公務員だったのですね。

詳細については、次で説明していきますので、ご確認ください。

なお、茂住修身さんの学歴も気になりますが、岐阜県立斐太高校から大東文化大学卒業とのこと。

世間的には、令和の揮毫によっていきなり脚光を浴びることになった茂住修身さんですが、今後ますますの活躍を祈りましょう。

【噂】
茂住修身さんを検索すると「ドバイ」と関連キーワードが出てきます。
「茂住修身 ドバイ」と検索すると、検索結果に茂住さんのフェイスブックが現れるんですね。
それを覗いてみると、たしかに居住地が「ドバイ」になってるんです。
しかし、「友達」が4人しかいなかったり、プロフィール画像が無いことから、偽物では?とも言われています。
https://www.facebook.com/bellchip/about?lst=100000476739464%3A100005726704170%3A1554187193&section=living
はたしてドバイ在住は本当なんでしょうか?
気になったのできちんと調べたところ、本当のフェイスブックアカウント(本人画像あり)が見つかりましたよ。
↓それがこちら。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100017889696172&lst=100000476739464%3A100017889696172%3A1554187697&sk=about&section=living
こちらを見ると、ドバイのドの字も出てきませんから、ドバイ在住はガセネタですね。

2.茂住修身が令和の書道家に選ばれた理由は?

そんな茂住修身さんですが、今回、令和の書道家に選ばれた理由とは、いったい、どのようなものだったのでしょうか?

茂住修身さんの職業なのですが、先ほど国家公務員とご紹介したものの、詳しく言うと、実は、内閣府辞令専門官といって、辞令などの揮毫(きごう)を担当する職員だったのでした。

揮毫とは、筆を揮うことであり、主に書道家が毛筆で文字を書くことを言います。

まさか、こんな経歴の持ち主だったとは、意外ですよね。

これまでの仕事としては、国家戦略室の看板の揮毫も担当していました。

ああいうのを普通の書道家ではなく、国家公務員が担当していたとは、おどろきでした。

といいますか、そういう仕事の職員がいたこと自体、一般的には知られていませんからね。

つまり、茂住修身さんが今回、令和の書道家に選ばれた理由とは、辞令などの揮毫を担当する職員だったからなのです。

ちなみに、30年前の、昭和から平成への改元のときも、現内閣府である総理府の辞令専門官が、小渕恵三官房長官が掲げた平成の額に揮毫していました。

その、気になる当時の総理府辞令専門官とは、河東純一さん。

河東純一さんは、1946年生まれ。

年齢は2019年で73歳ということになります。

出身地は茨城県とのこと。

なお、出身校は大東文化大学のため、茂住修身さんの先輩にあたる人なのでした。

まさか、おなじ大学から2代にわたって元号の揮毫という大役を担う人物が輩出されるとは、すばらしいことではないでしょうか。

これからも大東文化大学から重要な揮毫を担うような人材が登場することになるのか、目が離せなくなりそうですね。


3.茂住修身の現在の顔画像や字の画像について

茂住修身さんは、内閣府辞令専門官とのことで、令和で話題になるまでは、とくに著名な書道家というわけではありませんでした。

そんなの茂住修身さんの現在の顔画像も気になりますが、どんな感じなのでしょうか。

調べてみたところ、たしかに、書道家といった感じではなく、国家公務員といった風貌ですね。

達筆そうというよりは、頭が切れそうな官僚のイメージでしょうか?

茂住修身の現在の顔画像

さて、茂住修身さんもさることながら、彼が揮毫した令和の字の画像も気になりますよね?

こちらは、菅義偉官房長官が掲げたとおり、実に堂々たる立派なものとなっています。

河東純一さんが揮毫した平成はややしなやかですが、茂住修身さんが揮毫した令和は骨太な筆致ですね。

茂住修身さんも、令和に決まるまで何も知らなかったわけですから、当然、練習もできませんし、決定時にはかなり緊張したことでしょう。

大役を終えて、ホッとしていることでしょうね。

茂住修身の書いた令和の文字の画像

↓河東純一による平成の書
平成(河東純一による書)を持つ小渕恵三官房長官(当時)の画像

では、「令和」以外の字も見てみましょう。

↓こちらです。

茂住修身が書いた吉田沙保里の表彰状の画像

繊細ながら力強さを感じさせる字ですよね。


2019年4月1日は、30年ぶりの新元号発表ということで、日本中が大騒ぎになりました。

当然、新元号は気になるものでしょう。

しかし、その裏で内閣府辞令専門官である茂住修身さんが奮闘していたことも忘れないようにしたいものです。

茂住修身さんの活躍に敬意を払いつつ、令和を迎えたいですね。

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